第23回(2018年)受賞者
柳沢 正史 博士(やなぎさわ まさし)
授賞研究テーマ
「睡眠制御機構の解明と創薬への応用」
柳沢正史博士は、これまで不明であった睡眠の制御機構の一端を解明し、それに基づく創薬への応用に成功を収めています。柳沢博士は、長年生体ホメオスタシスの制御の分子メカニズムの解明を目指し、1987年には、内皮由来血管収縮因子のエンドセリンを発見しました。また、1998年にはオーファンGタンパク質共役型受容体の内因性リガンドとして新規神経伝達物質オレキシンを発見し、その後ノックアウトマウスが睡眠障害ナルコレプシーを引き起こすことにより、オレキシンが睡眠覚醒を制御しているという発見に至りました。注目すべきことに、エンドセリン受容体拮抗薬が肺高血圧治療薬として、オレキシン受容体拮抗薬が不眠症治療薬として製薬企業により開発され、上市されるに至っています。さらに柳沢博士は、睡眠の制御機構の全貌を明らかにするために、マウスのフォワードジェネティックスの手法により、新規の睡眠覚醒遺伝子の同定に成功し、睡眠の実体解明に近づいています。眠気の物質的な基盤が解明されることにより、新たな睡眠障害治療法の開発のブレイクスルーが期待でき、これらの基盤を開発した柳沢博士の貢献は極めて大きいといえます。
略歴
<学歴>
- 1985年
- 筑波大学医学専門学群卒業
- 1988年
- 筑波大学大学院医学研究科 博士課程修了(医学博士)
<職歴>
- 1989年-1991年
- 筑波大学基礎医学系薬理学 講師
- 1991年-1991年
- 京都大学医学部第一薬理学 講師
- 1991年-1996年
- テキサス大学サウスウェスタン医学センター 准教授 兼
ハワードヒューズ医学研究所 准研究員 - 1996年-2014年
- 同大学 教授 兼 同研究所 研究員
- 1998年-2014年
- The Patrick E. Haggerty Distinguished Chair
in Basic Biomedical Science, UTSW - 2001年-2007年
- JST/ERATO「柳沢オーファン受容体プロジェクト」総括責任者
- 2010年-2014年
- 内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)中心研究者
- 2010年-現在
- 筑波大学 教授
- 2012年-現在
- 文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム
国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長 - 2014年-現在
- テキサス大学サウスウェスタン医学センター 客員教授
<主な受賞歴>
- 2000年
- ブレインサイエンス振興財団 塚原仲晃記念賞
- 2003年
- 米国科学アカデミー正会員に選出
- 2006年
- 米国睡眠学会 Outstanding Scientific Achievement Award
- 2016年
- 紫綬褒章
- 2018年
- 朝日新聞文化財団 朝日賞
受賞者からのメッセージ
このたびは慶應医学賞という栄誉をいただき、これまでの錚々たる受賞者リストを見るにつけ、大変光栄に存じますとともに身の引き締まる思いです。私の業績は全てチームワークの結晶であり、過去〜現在の研究室メンバーや共同研究者の方々の甚大なる貢献に深く敬意を払い、チームを代表して受賞させていただくものです。振り返りますと「探索研究」が常に私のスタイルでした。睡眠研究のきっかけも、当初から狙ったわけではなく観察された現象を追求した結果でした。今後も、安易に「出口」を狙うのではなく、真に自由な視点を持って目の前にある謎を追究し続けたいと思います。
Feng Zhang 博士(フェン ジャン)
授賞研究テーマ
「哺乳類における CRISPR/Cas システムの開発と医学研究への応用」
CRISPR/Casシステムとは、元来、細菌や古細菌がウィルス感染を防御するために発達させた免疫防御システムです。多くの研究者がこのCRISPR/Cas分子機構の解明に寄与してきましたが、2013年に世界で初めて、このシステムを哺乳動物細胞においてゲノム編集ツールとして利用可能にしたのがフェン ジャン博士です。その後、フェン ジャン博士のグループはCRISPR/Casシステムの理解を深め、このシステムを様々なゲノム機能解析ツール(人工転写活性化、迅速なノックアウトマウス作成、遺伝子スクリーニング、微量核酸検出等)として、さらには医学研究(マウス生体脳におけるゲノム編集等)に向け進化・発展させています。このCRISPR/Cas技術は、ゲノムの任意の配列を改変(削除、置換、挿入等)することが容易であるため、現在、基礎生物学研究のみならず、農作物や畜産動物の品種改良に利用され、モデル動物の開発、再生医療やゲノム編集治療などへの応用研究が活発に進められています。その基盤技術を開発し、その技術を大きく発展させているフェン ジャン博士の貢献は極めて大きいといえます。
略歴
<学歴>
- 2000年-2004年
- A.B., Chemistry and Physics, Harvard College, Cambridge, MA
- 2004年-2009年
- Ph.D., Chemistry, Stanford University, Stanford, CA
<職歴>
- 1997年-1999年
- Research Assistant with John P. Levy, Ph.D.
Human Gene Therapy Research Institute, Des Moines, IA - 2000年-2001年
- Research Assistant with Don C. Wiley, Ph.D.
Dept. of Molecular and Cellular Biology, Harvard University,
Cambridge, MA - 2002年-2004年
- Research Assistant with Xiaowei Zhuang, Ph.D.
Dept. of Chemistry and Chemical Biology, Harvard University,
Cambridge, MA - 2004年-2009年
- Graduate Student with Karl Deiseroth, Ph.D.
Department of Bioengineering, Stanford University, Stanford, CA - 2009年-2010年
- Junior Fellow, Harvard Society of Fellows, Cambridge, MA
- 2011年-
- Core Member, Broad Institute of MIT and Harvard
Investigator, McGovern Institute for Brain Research at MIT W. M. Keck Career Development Professor in Biomedical Engineering,
Departments of Brain and Cognitive Sciences and Biological Engineering, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA - 2015年-
- Robertson Investigator, New York Stem Cell Foundation
- 2016年-
- Associate Professor (with tenure) of Neuroscience and Biological
Engineering, MIT, Cambridge, MA - 2017年-
- James and Patricia Poitras Professor in Neuroscience at MIT
- 2018年-
- Investigator, Howard Hughes Medical Institute
<主な受賞歴>
- 2016年
- Canada Gairdner International Award
- 2016年
- Tang Prize
- 2017年
- Blavatnik Award for Young Scientists - National Award Winner
- 2017年
- Albany Medical Center Price in Medicine and Biomedical Research
- 2017年
- Lemelson-MIT Prize
受賞者からのメッセージ
このたび、多くの聡明な科学者が受賞者として名を連ねる慶應医学賞を賜り、大変光栄であるとともに、身の引き締まる思いです。ゲノム編集ツールの開発という私と私のチームの業績を、このようにご評価いただいたことは誠に栄誉であり、ヒトの健康を増進する新たな方法の探究へと、より一層突き動かされました。この発見に貢献した全ての科学者を代表して、感謝を申し上げます。