第26回(2021年)受賞者
濡木 理

東京大学大学院理学系研究科
教授
1965年10月22日生まれ
授賞研究テーマ
「生命活動において重要な機能分子の構造生物学的研究」
構造生物学は生体高分子、特にタンパク質や核酸の立体構造を解析する生物学の一分野であり、近年、創薬においても非常に有用な手法となっています。濡木博士はこの構造生物学における世界のトップランナーであり、tRNA修飾酵素を含む各種RNA-タンパク質複合体、各種膜輸送体、Gタンパク質共役受容体などの立体構造・作用機構を世界に先駆けて解明してきました。これらの一貫した研究を通じ、構造生物学の手法を単なる分子の構造決定だけではなく、分子の機能・生命現象の解明に迫れることを明示し、21世紀の生命科学の大きな潮流のひとつたらしめた点は紛れもなく濡木博士の功績と言えます。近年では、ゲノム編集の基盤となるCRISPR-Cas9の立体構造を世界で初めて解明し、いわゆる『ゲノム編集創薬』の道を切り拓きました。このように濡木博士は、生命科学研究に新しいパラダイムを切り開く独創的な研究を展開するとともに、他の様々な分野にも波及する生命現象の根幹に迫るような知見を提示しております。さらには創薬においても革新的な展開をもたらしており、医療分野においても今後のさらなる発展が期待され、慶應医学賞の受賞にふさわしいものと考えます。
略歴
<学歴>
- 1984年3月
- 私立武蔵高校卒業
- 1984年4月
- 東京大学教養学部理科II類入学
- 1988年3月
- 東京大学理学部生物化学科卒業
- 1990年3月
- 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程修了
- 1990-1991年
- フランス ルイ・パスツール大学HFSP研究員
- 1991-1993年
- 蛋白質工学研究所(森川博士に師事)
- 1993年3月
- 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了 博士(理学)(東京大学)取得
<職歴>
- 1992年4月
- 日本学術振興会特別研究員DC2
- 1993年4月
- 日本学術振興会特別研究員PD(蛋白質工学研究所)
- 1994年4月
- 理化学研究所基礎科学特別研究員
- 1995年3月
- 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 助手
- 2002年4月
- 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 助教授
- 2003年5月
- 東京工業大学大学院生命理工学研究科生命情報専攻 教授
- 2008年4月
- 東京大学医科学研究所基礎医科学部門 教授
- 2010年4月
- 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授 現在に至る
<主な受賞歴>
- 2008年
- 日本学術振興会賞「遺伝暗号翻訳の動的機構の構造基盤」
- 2011年
- 第27回井上学術賞「遺伝暗号翻訳とタンパク質合成のメカニズムの解明」
- 2014年
- 上原賞受賞「細胞膜輸送の分子機構の解明」
- 2014年
- 武田医学賞「細胞膜を介した物質輸送の分子機構の研究」
- 2018年
- 文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)
- 2018年
- 紫綬褒章
受賞者からのメッセージ
私は慶應義塾大学病院で生まれました。幼少から医の道に興味があり、野口英世の伝記や漫画・ブラックジャックを読み漁りました。高校時代に人生に悩んで得た結論が、人のためになれば生き甲斐が見出せるだろう、というものでした。東京大学理科2類の進学振り分けでは、医学部に進学できたにもかかわらず、病気が怖かったため、基礎研究で医薬に貢献できると考え、理学部に進学しました。大学院で、タンパク質を原子で構成されたマシンと捉え、立体構造に基づいて改造・調節することで、構造生物学は医薬に応用できることを実感しました。現在、生命を誕生させ高等真核生物を高等たらしめている、非翻訳RNAと膜タンパク質に焦点を当て、原子分解能レベルでの分子機構解明を行い、2つのベンチャーでのモノづくり(創薬)に発展させております。このたびの慶應医学賞の受賞は、私の研究・技術開発の人生をさらにつきすすめてくれることと確信します。
Katalin Karikó

ペンシルベニア大学医学部
客員教授
BioNTech SE社
上席副社長
1955年1月17日生まれ
受賞者ウェブサイト
https://www.med.upenn.edu/apps/faculty/index.php/g325/p13418
授賞研究テーマ
「メッセンジャーRNAワクチン開発につながる基礎研究」
メッセンジャーRNA(mRNA)はDNAに書かれた遺伝情報をもとにタンパク質が合成される際の中間体として働きます。1980年代から、人工的に合成したmRNAを細胞に導入することで、がん治療やワクチン等に利用できるとの考えが広まってきました。しかし、単にmRNAを細胞に導入するだけでは免疫系がそのmRNAを異物として認識し、強い炎症反応が起こることが分かってきました。Karikó博士はその後、mRNAを構成する物質の一つであるウリジンをシュードウリジンに置き換えることでこの免疫反応を回避できることを発見しました。しかも、この置換によりmRNAを鋳型にして合成されるタンパク質量も数倍上昇することも明らかにしました。これらの発見は、現在、新型コロナウイルスのワクチンとして世界中で使用されている「mRNAワクチン」開発の基盤を提供しました。このように、mRNAワクチンはCOVID-19のみならず、各種ウイルス感染症に対するワクチン開発に革新をもたらしており、Karikó博士の業績は慶應医学賞にふさわしいと考えられます。
略歴
<学歴>
- 1982
- PhD University of Szeged, Szeged, Hungary (Biochemistry)
- 1978
- BS University of Szeged, Szeged, Hungary (Biology)
<職歴>
- 2021-present
- Adjunct Professor, Department of Neurosurgery, University of Pennsylvania
- 2019-present
- Senior Vice President, BioNTech SE
- 2013-2019
- Vice President, BioNTech RNA Pharmaceuticals
- 2009-2021
- Adjunct Associate Professor, Department of Neurosurgery, University of Pennsylvania
- 1995-2009
- Senior Research Investigator, Department of Neurosurgery, University of Pennsylvania
- 1989-1995
- Research Assistant Professor, Department of Medicine, University of Pennsylvania
- 1988-1989
- Department of Pathology, USUHS, Bethesda, MD, USA
- 1985-1988
- Department of Biochemistry, Temple University, Philadelphia, PA, US
- 1982-1985
- Biological Research Center, Hungarian Academy of Sciences, Szeged, Hungary
<主な受賞歴>
- 2021
- Rosenstiel Award for Distinguished Work in Medical Science – Brandeis University, USA
- 2021
- Reichstein Medal – Swiss Academy of Pharmaceutical Sciences
- 2021
- Vilcek Prize for Excellence in Biotechnology – The Vilcek Foundation, NYC, USA
- 2021
- Princess Asturias Award – Princess Asturias Foundation, Spain
- 2021
- Semmelweis Award - Hungarian Government
- 2021
- Horwitz Prize – Columbia University, USA
受賞者からのメッセージ
慶應医学賞の受賞者に選ばれましたこと大変光栄であり、謹んでお受けいたします。私が発見した特殊RNA修飾技法が、COVID-19に立ち向かうmRNAワクチンの開発に貢献したことが認められ、この度の栄誉に至りましたこと心から感謝いたします。mRNA療法は、この修飾によって、より効果的なワクチンを生み出し、さまざまな感染症に苦しむ人々に安全に届くこと、そして未解決の医療のニーズに応えるタンパク質補充療法や遺伝子編集に役に立つと考えます。