第28回(2023年)受賞者
森 和俊 博士
授賞研究テーマ
「小胞体ストレス応答の分子機構の解明」
小胞体に高次構造の異常な分泌タンパク質・膜タンパク質が蓄積した際、小胞体局在性分子シャペロンの転写が活性化され、タンパク質の修復が行われる恒常性維持機構は、「小胞体ストレス応答(異常タンパク質応答)」と呼ばれます。森和俊博士は、出芽酵母において小胞体ストレスを感知するセンサー分子を同定し、小胞体ストレス応答の主要経路を明らかにしました。また、哺乳動物においても、小胞体ストレス応答経路が保存されていること、そして、この経路を活性化する転写因子(ATF6)がセンサーと転写因子双方の機能を持つことを示しました。遺伝子ノックアウトマウス・ノックアウトメダカを作出し、初期発生過程等におけるATF6経路の生理的な意義を明らかにしました。さらに、小胞体に蓄積した構造異常タンパク質の分解に関与する因子が誘導される仕組みを見いだし、構造異常糖タンパク質に起こる糖鎖の刈り込みを担う酵素を、ゲノム編集技術を用いて明らかにしました。森博士の先導的研究により小胞体ストレス応答の分子機構が明らかになってのち、小胞体ストレス応答の糖尿病・神経変性疾患・心疾患などへの寄与が報告されるなど、波及効果が今日益々拡大しています。
略歴
<学歴>
- 1977年
- 京都大学工学部合成化学科入学
- 1981年
- 京都大学薬学部卒業
- 1981年
- 京都大学大学院薬学研究科修士課程入学
- 1983年
- 同大学院修士課程修了
- 1983年
- 京都大学大学院薬学研究科博士後期課程進学
- 1985年
- 同大学院博士後期課程中途退学、岐阜薬科大学助手
- 1987年
- 薬学博士(京都大学)
<職歴>
- 1985年-1989年
- 岐阜薬科大学助手
- 1989年-1993年
- 米国テキサス大学博士研究員
- 1993年-1996年
- 株式会社エイチ・エス・ピー研究所副主任研究員
- 1996年-1999年
- 株式会社エイチ・エス・ピー研究所主任研究員
- 1999年-2003年
- 京都大学大学院生命科学研究科助教授
- 2000年-現職
- 京都大学大学院理学研究科教授
<主な受賞歴>
- 2009年
- カナダガードナー国際賞
- 2014年
- アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
- 2014年
- ショウ賞生命科学医学分野
- 2016年
- 恩賜賞・日本学士院賞
- 2017年
- 2018年ブレークスルー賞生命科学分野
受賞者からのメッセージ
錚々たる顔ぶれの受賞者を擁する本賞をいただけることをとても嬉しく光栄に存じます。思い返せば1989年に30歳だった私は、分子生物学を学びたいという一心で渡米し、テキサス州ダラスで、小胞体ストレス応答と出会いました。細胞内部の情報伝達という新規性に魅せられ、以来、この応答の分子機構および生理的意義の解明に努めて来ました。その結果、他の研究者の貢献もあり、小胞体ストレス応答が種々の疾患の発症や進展にも関与するという大きな分野に育ちました。本受賞を励みとして、さらに研究に精進してまいる所存です。
Napoleone Ferrara 博士
授賞研究テーマ
「血管新生の分子基盤の解明と臨床応用」
血管は、わたしたち人間のからだのすみずみまで張り巡らされており、肺から取り入れた酸素や、腸から吸収した栄養素を、効率よく全身に運搬するためのパイプラインです。受精卵から大人になるまで、そのネットワークがどのように出来上がっていくかという根本的な生命現象を、世界で初めて分子の言葉で説明することに成功したのがFerrara博士です。Ferrara博士の発見した血管内皮成長因子(VEGF)は、個体発生における初めの血管の出現、その広がり(いわゆる「血管新生」)、動脈や静脈の分化に至るまで、その殆どを説明しうる中心的な分子です。さらにFerrara博士は、このVEGFの働きを抑える中和抗体を開発し、これがあらゆる血管新生を抑え込むことが出来ることを解明しました。このVEGFの中和抗体は、抗VEGF阻害剤として様々ながんの医療の現場で治療効果を発揮しているばかりか、成人の失明原因の大部分を占めている加齢黄斑変性の特効薬として多くの患者さんの失明を防いでいます。血管新生の分子基盤の解明という画期的な基礎的知見を昇華させ、臨床における「抗血管新生療法」という新たな治療を切り拓いたFerrara博士の功績は、まさに、慶應医学賞の受賞にふさわしいものと考えます。
略歴
<学歴>
- 1975-1981
- M.D. University of Catania Medical School, Catania, Italy
<職歴>
- 1983-1985
- Postdoctoral Fellow, Reproductive Endocrinology Center, University of California, San Francisco
- 1985-1986
- Intern, Dept. of Obstetrics and Gynecology, Oregon Health Sciences University
- 1986-1988
- Postdoctoral Fellow, Cancer Research Institute, University of California, San Francisco
- 1988-1993
- Scientist, Dept. of Cardiovascular Research, Genentech, Inc.
- 1993-1997
- Senior Scientist, Dept. of Cardiovascular Research, Genentech, Inc.
- 1997-2002
- Staff Scientist, Dept. of Molecular Oncology, Genentech, Inc.
- 2002-2012
- Genentech Fellow, Genentech, Inc.
- 2013-現職
- Distinguished Professor of Pathology, University of California, San Diego
- 2013-現職
- Adjunct Professor of Ophthalmology, University of California, San Diego
- 2015-現職
- Adjunct Professor of Pharmacology, University of California, San Diego
- 2020-現職
- Hildyard Endowed Chair in Eye Disease, University of California, San Diego
<主な受賞歴>
- 2006
- General Motors Cancer Research Award
- 2010
- Lasker-DeBakey Clinical Medical Research Award
- 2013
- Breakthrough Prize in Life Sciences
- 2014
- Antonio Champalimaud Vision Award
- 2014
- Canada Gairdner International Award
受賞者からのメッセージ
慶應医学賞の受賞は大変名誉なことであり、研究室の同僚や共同研究者を代表してその栄誉にあずかることができて光栄です。30年以上も前のことになりますが、私にとって血管内皮増殖因子(VEGF)を発見できたことは幸運なことでした。VEGF研究の道をつき進み、その道は私を科学的発見と臨床応用の旅へといざなってくれました。今日VEGFはがん治療法の発展に貢献し、加齢黄斑変性症やその他の失明性疾患をもつ患者さんたちの画期的な視力維持に成果をあげています。